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プロローグ

 僕には、どうしても出せない色があった。限りなく透明に近い青――彼女はそれを、インビジブル・ブルーと呼んでいた。目に見えない青。虚無。虚脱。死へと誘う魔性。あるいは、激しいセックスの後に訪れる、まるで抜け殻のような空っぽの世界と少し似ているかもしれない。その青には、見たものすべてを飲み込み、浄化し、無へと返す圧倒的な"引力"があった。僕は、取り憑かれてしまった。その色に。そしてその色の奥に宿る彼女の世界や、感覚や、光や闇に。彼女にしか表現できなかった色。病的なまでの青。生と死の境界。インビジブル・ブルー。その色を出すためだけに、僕は今もこうして絵を描いている。

 森の中で四肢を投げだすと、鮮やかな緑と透き通るような青が目に焼きついた。瞳孔を開いたまま見つめる。やがて浮きあがる魂。精神と乖離し、地中に溶けていく体。沈む。埋もれる。朽ちる。何も食わず、呼吸すら忘れてこのままこの森の中でのたれ死ねば、僕の魂はあの澄んだ空に昇り、肉体は土に還ることができるのだろうか。否。僕には、そんな生易しい終焉などけしてあり得ない。僕の体は生きたままカラスのくちばしについばまれ、眼球も、髪の毛も、睾丸も、体中の肉や皮を剥がされ、悲鳴だけを残して干からびていくに違いない。死ねばどうなる?そうすれば、僕にもあの破滅的な世界を体現することができるのだろうか。違う。死んだら終わりだ。死んでしまえば、もうけしてあの青を見ることはできない。魂を揺さぶられることもない。
 ……だから、その前に僕は果たさなければならない。
 あの色を出すまでは、死ねない。
 まだ。死ねない。

「ねぇ」
 ブナ林の間から声がした。迷走する魂が霧散し、僕のもとに帰ってくる。たった一言で、女の強い意志と気性を感じ取っていた。僕は一つ、瞬きをした。
「誰?」
 空を見つめたまま、僕は訊ねた。まるで生気の抜けた乾いた声だった。予想どおり返事はない。そんな気はしていた。まず何より、彼女には足音がない。これだけ落ち葉が降り積もる林の中でだ。ゾクリと悪寒を感じた。腐臭。それとはまた少し違う。荒廃と死を予感させる甘美なる媚薬。焦点が合う。意識を呼び覚ますと、声の主は僕のすぐ隣に立っていた。少女だった。十五・六といったところだろうか。中学、あるいは高校。どちらともつかない顔立ちをしていた。ミニスカートから内股の奥が見えた。細くくびれた足だったが、真っ白な肌は瑞々しさに覆われ、太股にはそれなりの肉感があった。ガクが見たら、今すぐにでも縄を掛け、蝋を垂らそうとするに違いない。
 少女の顔には、表情というものがまるでなかった。なにも写さない瞳。ひび割れた唇。長く、ささくれだらけの乱れた髪。背はさほど高くない。むしろ小柄な部類に入るだろう。ただ、脱がせばそれなりに美しい女のラインを持っていそうではあった。
「名前は?」
「レイ」
「どこから来た?」
「あっち」
 無造作に制服のポケットに両手を突っこんだまま、少女は言った。
「消えろ」と僕は言った。
「ここには何もない。血迷ったガキの来る場所じゃないん……」
 言い終わらぬうちに、仰向けに寝転がったままの僕の首筋で、ザンッと何かが地面に突き刺さった。僕は突き立ったナタを横目に、眉ひとつ動かさず溜息を吐いた。僕のものではない、新鮮な血のりで濡れていた。
「私の処女を奪って」
 腕からボタボタと血を滴らせ、うつろな瞳で少女は言った。僕は黙って首筋を掻いた。また一人おかしなヤツが迷い込んできやがった。そう思うと可笑しもあり、神様とやらを呪い殺したくもあった。
「死ぬぞ」
 取り敢えず言っておいた。見る限り動脈を切った様子はない。腕を縛ればすぐに血は止まるだろう。レイと名乗った少女は、覚束ない足取りで腰を落とし、僕のズボンに手をかけた。そのままズルズルと脱がせていく。
「何の真似だ?」
「犯せよ」
「止めとけ。死ぬぞ」
 レイはなおもズボンをずり下げ、だらりと垂れたペニスに唇を寄せた。ささくれた唇と舌の感触とともに、かび臭い異臭が鼻についた。なにせもう何日も風呂に入っていない。それでもレイはその薄汚れたものを喉の奥深くに含み、生気の失せた顔を上下に動かした。その間も、ナタでえぐれた腕からは血が流れ続けていた。白いシャツの袖は真っ赤に染まり、まるで栓の緩んだ蛇口のように、幾筋もの血が指先から滴り落ちていた。
「狂ってやがる」
 冷たく言い放つと、ようやくレイは顔をあげた。その顔は憎悪に醜くゆがみ、年老いた山猫のようにも見えた。僕は、この目の前の少女に少しだけ興味を持った。なぜ僕に執着するのか。何が少女をそこまで駆り立てるのか。そのわけを訊いてみたくなった。レイはどれだけ舌を滑らされても反応しないペニスを吐き出し、苛立たしげに茎の付け根に歯をあてた。鋭い痛みが走った。少女は眉間を寄せ、奥歯を噛みしめた。まるで野良犬だ。
「食いちぎるつもりか?」
 好きにすればいい。と僕は思った。こんな俗世とはかけ離れた場所では、男の性器など毛ほどの役目も果たさない。いっそこの狂った少女に噛み切られるなら、それはそれで構わない。僕はもう一度空を見上げた。相変わらず雲ひとつない青が広がっていた。でも違う。その青は、僕が求める色じゃない。
 ドサリと足元で音がした。少女が倒れていた。出血のせいで貧血を起こしたのだろう。なんとも面倒な話だった。僕はやれやれと体を起こした。素早くレイの袖を引き裂き、肘の上を締め上げる。腕には無数の傷痕があった。リストカットの痕だとすぐに分かった。僕はもう一度やれやれと呟いた。レイを担いで起きあがる。思っていた以上に少女の体は軽く、しなやかだった。
「ガク、今日は早めに頼むぜ」
 あのイカれた同居人の帰りを待ち焦がれたのは、あるいは今日が初めてかもしれないなと思った。股間がやけに冷えた。唾液で濡れたペニスには、少女の歯形がクッキリと残っていた。

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楓 十色

Author:楓 十色
仕事との両立に悪戦苦闘しながら、それでも物書きを止められない人。工学博士(防災工学専攻)、技術士(建設部門)。

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