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ボルカノ・ベイ Act.0 _2

Category : volcano bay

prologue

 狭い喫煙室の椅子に腰掛け、浅見はまるで溶岩のように赤黒く焼け朽ちていく煙草の先を見つめていた。ゆらりと立ちのぼった一筋の煙が、空気清浄機に吸い込まれ、消えていく。
「哀れなもんだ」
 煙に話しかけるように呟くと、浅見は作業服の胸ポケットに突っ込んでいた一枚の写真を取りだした。切れかけた蛍光灯がまるでモールス信号のようにチカチカと消えては灯り、写真に影を落とす。
「けど……」
 浅見は乾いた笑いをこぼし、すり切れた写真を再びポケットにしまい込むと、ぬるくなった缶コーヒーを一口だけ飲んだ。
「行く宛があるだけマシか」
 四畳半ほどのガラス張りの部屋に空気清浄機が一台、丸椅子が五脚、それに観葉植物と安っぽい壁掛け時計が一つ。喫煙室の外には薄暗い廊下が続き、ほんの二十歩ほど歩けば、浅見が勤務する札幌管区気象台・火山監視情報センターの監視室に突き当たる。人影も物音もない。いつもと変わらぬ静かな夜だった。

 欠伸をかみ殺して時計を見上げる。交代まであと五時間。陽の長い北海道とは言え、まだ夜明けまでには時間があった。浅見は二本目の煙草に火を付け、空気清浄機の上に放り投げてあった二日前のスポーツ新聞に目を向けた。
『ファイアスター絶好!/日本ダービー最終水曜追い切り』
 紙面のトップで躍動する栗色の競走馬の写真に目を細め、「もうそんな時期か」と呟く。四十という年齢のせいだろうか、近頃どうも時間に対する感覚が鈍ってきたように思う。
「今日は5月26……いやもう7か」
 浅見は新聞の端に記された発行年月日を見つけ、指を折って時間を遡ってみた。妻と離婚して六年。当時まだ小学生だった娘も今年で十八才になる。きっと今頃は受験勉強に明け暮れているのだろう。
「早いもんだな」
 次々と自分を追い越し、過ぎ去っていく時間の流れに、浅見は軽い目眩を覚えた。
 空になった缶コーヒーをゴミ箱に放り投げ、最後の一服を燻らせていると、突然監視室の扉が大きな音を立てて開いた。
「浅見さん!」
 センター内に残っていた若い三浦監視員の声が、凛と冷えた廊下に響いた。
「どうした?」
 喫煙室から顔を出した浅見に、「ちょっと……」来て下さいと三浦の顔が訴えている。浅見は手荒に煙草をもみ消し、折れた襟を直して喫煙室を出た。
「地震か?」 自然と声が低くなる。
「ええ。と言ってもまだ無感地震のレベルではあるんですが」
「場所は?」
「内浦です」
 内浦湾は別名噴火湾とも呼ばれるほど、日本でも有数の火山地帯である。湾南端の恵山に始まり、駒ヶ岳、対岸には今なお噴煙を上げる有珠山が見え、山向こうに羊蹄山や樽前山が峯を連ねている。地震そのものは珍しい事じゃない。
「海溝型の可能性は?」
「ないです。海底の地震計はピクリともしていません」
 二人は足早に肩を並べて歩きながら、監視室の奥にある対策本部に向かった。リノリウムの床に足音が吸い込まれる。
「内浦のどこだ?」
 本部のドアを開けると、既に備え付けの特大パネルが起動していた。パネルは九分割されており、一つ一つのモニターに、監視カメラの映像や地震計の記録が映し出されている。
「有珠です」
 インパネの前に腰を下ろした三浦が、慣れた手つきでキーを叩きながら答えた。途端に浅見の足が止まった。特大パネルに一つの画像が拡大される。グラフ(地震記録)だ。数分前の一瞬だけ、針が上下に振れている。
「今映しているのが北屏風山地震計です。で、こっちが壮瞥公園、これが虻田泉北……浅見さん?」
 怪訝そうに振り向いた三浦に「何でもない」と短く返し、浅見はモニターに映し出された地震計の記録に目を向けた。三浦がキーを叩くたびに切り替わっていく地震計の観測記録を、浅見は食い入るように見つめた。有珠山周辺に設置された地震計は、協力機関である北海道大学のものと併せて五基。それらすべてが、ごく小さな揺れを敏感に感じ取っていた。
「……まずいな」
 浅見はザラリと無精髭を撫でた。高感度の地震計は、観測小屋の近くで工事が行われたり、大型車両が走っただけでもその揺れを拾ってしまう。しかし、すべての地震計が同時に動いているとなると、まるで話は別だった。
「まさか、ですよね」 三浦が声色を落とす。
「分からん。ただ、有珠は噴火の前に必ず知らせをくれる」
「でも、前回の噴火からまだ十年ですよ。いくらなんでも」
 ふと三浦が言葉を切った。静寂の中、モニタの映像だけが煌々と壁を照らしている。思い出したのだ。離婚した浅見の奥さんと子供さんは確か今……
「……あの」
 言いかけたその時、モニター内の地震計が一斉に針を踊らせた。

「あ!」 と三浦が短く叫んだ。
 浅見は思わず椅子から腰を浮かし、固唾を飲んで対策本部の壁に据えられた特大パネルを見上げた。短いビープ音と同時に、内浦湾有珠山周辺に「震度1」のマークが広がっていく。あっという間の出来事だった。
「有感地震……」 三浦が呟いた。
 浅見は地震計のモニターを見つめたまま唇を噛み、傍らで立ち尽くしている三浦に指示を出した。
「所長に連絡だ」
 心なしか声が震えている。
「……分かりました」
 三浦は唾を飲み込んだ。
「それからすぐに近隣市町に連絡を入れろ。場合によっては警戒レベルを引き上げることもあり得る」
「はい」
 頷き、言いにくそうに顔を上げる。
「あの、奥さんは確か」
「急げ!」
「はいッ!!」
 叫ぶやいなや、三浦は弾かれたように監視室を飛び出していった。

 再び戻った静寂の中で、浅見は一人たたずんでいた。カチ、カチと鳴る掛け時計の針の音が、ひどく耳に障った。それ以外、何の音も聞こえなかった。壁のモニターがやけに眩しい。
「くそ!」
 舌打ち混じりに椅子に腰を落とす。目を閉じると視界も消えた。静寂と暗闇の中で、浅見は美しく芯の強い元妻と、いつもパパ、パパと言って抱きついていた娘の顔を思い浮かべた。目を開くと、無機質な対策本部の風景が広がっていた。カラカラに喉が渇いていた。
「……雪乃」
 浅見は机に片肘をつき、親指の爪をしきりに噛んだ。いつも妻に窘められていた浅見の癖だった。
「杏……」
 浅見は胸ポケットを握りしめ、今はまだ小刻みに走るだけの地震計の針を、祈るような思いで見つめ続けた。

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テーマ: 自作連載小説
ジャンル: 小説・文学

コメント

ひや~

楓さん、震災の気分が思い出されて、ほんと、怖いです(><)
とてもリアルですし~!
(楓さん、防災工学博士でいらっしゃるから、ご専門、ですよね!!)
すごい気になるのに、夕食の支度がっ!!

また来ます♪

あ、冒頭の煙草の煙のあたり。表現がとても好き♪

>らんららさん

読んで下さりありがとうございます。
防災工学と言っても、専門は専ら津波なので、火山については知識乏しいんですよね。なので情報収集に必至です。
マジでロケハンに(北海道に)行きたい!!!

震災以降、先日まで公開自粛していたのですが、例えばPTSD(心的外傷後ストレス障害)に抵触するような、そんな注目度もないということで解禁しました。

冒頭の二行は僕も気に入っています。
夕食頑張って!

トーナメント2位、おめでとうございます

はじめまして。
ブログ村のトーナメントからやってきました。

実は私、第四戦か三戦で対戦させていただいたのですが、惨敗でした。
結果が出て、改めて作品を読ませて頂き、自分とは完成度が違うと愕然としました。

専門的な部分の描写もすごいけれど、人物の書き方も、読みやすさも桁違いですね。
Act1を順次読んでいますが、あっという間に読みきってしまいそうです。
これからも応援しますね!お仕事も執筆も、頑張ってください!

>AKARI様

はじめまして。
ようこそお越しくださいました。
URLにリンクがないため、少々特定が難しいのですが、トーナメントの三、四回戦でご一緒させていただいたということは、天乙様かロットン様か、と推察いたします。組み合わせ決定の折、お二方ともブログ拝見させていただいております。正直、「どうして僕ばかり強敵と当たるんだろう」と、不公平な組み合わせにため息をついておりました。惨敗などとんでもないです。首の皮一枚残っただけだと思っています。ただ、まあ、欲を言えば、どうせならあと一つ突き抜けたかったとも。笑

完成度……とても嬉しいお言葉ありがとうございます。恐縮です。これでも物書き歴だけは少々古く、もう六年ほどひっそりと小説を書いてきました。それゆえ、多少は書きなれてきた部分はあるかもしれません。

読んでくださりありがとうございます。そういっていただけることが、何より執筆のエネルギーになります。本当に嬉しいです。ええ、はい、頑張ります。近い将来ストックが切れそうでドキドキですがwww

もし差支えなければ、ブログリンク先をお教えくだされば幸いです。これからもどうぞよろしくお願いします♪
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楓 十色

Author:楓 十色
仕事との両立に悪戦苦闘しながら、それでも物書きを止められない人。工学博士(防災工学専攻)、技術士(建設部門)。

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