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ボルカノ・ベイ Act.1 _1

Category : volcano bay

Act.1 ―鼓動―

(一)

 新緑の葉を揺らす白樺の林の向こうに、赤茶けた有珠の山肌が見える。麓に広がる洞爺湖の湖面は、見事なまでに晴れ渡った壮瞥の空を映し出していた。洞爺とは「ト・ヤ」アイヌ語で湖の岸を意味する。
「……高いね」
 杏が目を細めると、短いセーラー服のスカートの裾がふわりと揺れた。
「春ってこんなに高かったっけ?」
「何が?」
「空」
「……さあ」
 ふあ、と美月が欠伸をする。二人は湖畔の芝生に寝転がったまま、何をするでもなく空を見上げた。
「で、どうすんの?」 美月が隣の杏に目を向ける。
「そうだなあ」
 杏は空の真ん中に一枚の紙をかざし、そのまま腕を放り投げた。
「分かんない」
 お手上げとばかりに溜息をつく。
「けど来週だよ、進路指導。それまでに書いて来いって先生言ってたし」
「そうなんだけど」
 それっきり黙り込む。希望進路、と書かれた紙を、杏はもう一度空にかざした。風にそよぐ野草が頬を撫でる。新学期が始まったとは言え、道外に比べればずいぶん寒い。
「美月はいいよね」
「何が?」
「やりたいことがあってさ。北大受けるんでしょ?」
 超難関だよ、と口をとがらす杏に、美月は「まあね」と苦笑いを浮かべた。
「受かるとは思ってないけど、獣医師になるのが夢だから」
「いいよね。そういうの」
「杏は?」
 白樺の木々を渡り飛ぶ雀を目で追いながら美月が尋ねた。
「何かないの?夢」
「夢、ねえ」
 杏は少しだけ体を起こし、今なお白煙を立ち上らせる昭和新山の頂を見上げた。夢、夢と呟いてみる。……が、それっきり。かき上げた栗色のショートボブがむなしく肩に落ちた。
「そうだ」
 隣で寝ころんだまま、美月が艶のある黒髪をくるんと指で弾いた。
「写真は?」
「写真?」
「そう。昔から好きだったっしょ?」
「あー……カメラね」
 杏は再び芝生の上に四肢を投げ出し、ため息をこぼした。
「あんなの趣味にもなりゃしないわ」 無理無理と首を振る。
「そうかなあ。私は杏の撮る写真好きだけどな」
「そう?」 チラと横目で美月を見る。
「うん。何て言うかこう……被写体に対する愛情!みたいなさ」
「何それ!」
 いいよー、可愛いよー、などと言ってカメラマンのふりをする美月に、杏は声を立てて笑った。
 ――とその時、
「危ない!」
 頭の方から声がしたかと思うと、突然目の前が真っ暗になった。正確には、仰向けの視線の先にあった空を大きな何かが遮った。ザン、と大地を蹴る音と同時に、剥がれた土草が宙を舞う。
「わ!」
「何今の?!」
 慌てて二人が起き上がると、それはゆっくりと振り向いた。春風にたてがみが揺れる。確か栃栗毛と言っただろうか。美しい金色の髪だ。大きな瞳が杏を見つめている。まだ幼い。針金のような細い足でたたらを踏み、ふわりと尻尾を振る姿は、まるで悪戯好きの子供だ。
「可愛い!」
 美月が思わず喚声を上げた。視界を遮ったのは、二人を跨いで飛び越えた子馬だった。
「どいて。危ないから」
 セーラー服の肩を掴んだ大きな手が、ぐいと杏と美月を押しのけた。男に続いて、ツナギに軍手をはめた数人の男達が両手を広げ、遠巻きに子馬を囲む。
「ちょっと」
「危ないよ」 言いかけた杏の体を別の手が遮った。
「下がって」
 男は静かに、しかし重い声で杏と美月の顔を交互に見た。思いの外若い。杏と同じか、あるいは少し上くらいだろう。短く刈った頭に、他の男達と同じツナギを着て軍手をはめている。どうやら皆近くの牧場の従業員のようだ。
「何してるの?」 と杏が尋ねる。
「子馬が放馬したんだ」
「ほうば?」
「逃げ出すことさ」 青年は肩をすくめた。
 男達があやすようなかけ声で子馬を牧柵の隅に誘導していく。子馬は尻っぱねを繰り返していたが、やがて観念したのか大人しくなった。
「良かった」青年がほっと胸をなで下ろす。
「よし。戻ろう」
 子馬を引いた無精髭の男が皆に声をかけた。最初に杏を押しのけた男だ。ブルル、と子馬が鼻を鳴らす。その仕草はまるで「ちぇ、つまんない」とでも言いたげだった。
 ぞろぞろと男達が引き上げていく。そのうちの一人、あの無償髭の男が腰に手を当て、杏と美月の前に立った。
「どこから入った」
「どこって?」
「ここはうちの牧場の敷地だ。勝手に入っちゃいかん」
「勝手にって言われても」
 杏は美月と顔を見合わせた。確かに柵らしき物はあった。けれど、所々壊れていて簡単に入って来れたのだ。それに、ここに来たのは一度や二度じゃない。
「二度と入るな。いいね」
「はあい」 渋々頷く。
「行くぞ、遊馬」 と歩き出した男の背中に「べえ」と杏は舌を出した。
「いい人なんだけどね。馬のことになると怖いんだ」
 アスマと呼ばれた青年が頭を掻く。
「じゃ」
「あ、ちょっと」 青年の手を杏が掴んだ。
「名前は?」
「藤原アスマ。遊ぶ馬と書いて遊馬」
「そうじゃなくて」
「何?」 遊馬が聞き返す。
「あの子の名前」
「ああ」 杏の視線の先を見て今度は頷いた。
「ピー子だよ」
「ピーコ?」
「よく泣いてたんだ。ぴーぴーってね。今じゃその面影もないけど」
 楽しそうに遊馬が笑う。杏より頭一つほど背が高いだろうか。日焼けした顔に引き締まった体。それに、よく見ると案外可愛らしい顔をしている。
「女の子なんだ」
「ああ」
「また来ていい?」
「ちょっと杏」
 何言ってるの?と美月が杏をつつく。
「あははっ」
 遊馬はからりと笑った。目深にかぶったキャップの下で白い歯がのぞく。
「ダメだって言ったろ」
「遊馬は言ってない」
「ダメ」
「ケチ」
「不法侵入だぞ」
 膨れる杏に苦笑いをこぼし、遊馬は「じゃ」と二人に手を挙げた。白樺林の奥の湖面がさざ波を立てる。
「そうだ」
 背を向けた遊馬が振り返った。
「君、名前は?」
「教えない」
「あ、そ」
 青空の下、カラリと笑う遊馬の頭上を、有珠の山から立ち上がった雲がゆっくりと流れていった。

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テーマ: 自作連載小説
ジャンル: 小説・文学

コメント

うふふ♪

素敵♪洗練された文章がやっぱり楓さんらしくって…読んでいて安心出来るといいますか^^
このボルカノ・ベイ。本当に気になってたんです。一時期最初の最初で止まっていたから、続きが気になって気になって…(笑)
だから、こうして読めることが。しかもブログで読めることが本当に嬉しいのです♪

色々と未来を暗示させる序章といい、うん。いいですね~^^ぐいぐい物語に引っ張りこまれちゃいます♪

ゆっくりゆっくり、読ませていただきますね☆
それにしても描写力ハンパないですね~!見習わなきゃ!><

>chachaさん

ありがとです。
僕は自分の文体に「らしさ」があるのかどうなのか、良く分かってないんですよね。らんららさんなんかは確立されてる気がするんですけど。
ただ、一文字でも不要と思える語彙は削るよう心がけてはいます。特に会話文。描写も極力削ります。でも、紙媒体に応募するのなら、描写に関してはもう少し推敲した方がいいんだろうなとも思います。難しい(>_<)。

このボルカノは、確かに一時期序章だけ書いて退会……だったかな?とにかく止まってたんですよね。で、ようやく書きだした矢先に震災があって自粛。仕事に追われ執筆活動中断……よくここまでこぎ着けたと思います。

一ページが長くないですか?
文字が小さくないですか?
背景黒に白文字ってチカチカしませんか?
手探りな感じですが、不便があったら言って下さい。
僕もまったり更新していきます。最後までお付き合い下さると嬉しいです。

そうそう、ブロともの申請届きました?あれをしておくと、管理画面でchachaさんの更新状況が確認できて便利っぽいので、もし不都合がなければと。

ではでは。

凄いなぁ……

どもです、楓さん^^

やっとおかしなテンションが落ち着いたので、やってまいりました←長い(笑

Act.0で、この先起こるかもしれない災害への不安感をかき立てられ、
Act.1でなんでもない普通の日常が広がって。
災害って、本当にそういうものだなって思いました。

でも、天災ともいえる災害を、小さく食い止める為に浅見さんや三浦さんのように頑張ってくれている人たちがいる。
どういう風に監視しているのかとか、私はそういった職業の方からお話を聞く機会が無いので、そちらも興味深く。
私達を守る為に色々な人の努力や労力が注がれていると思うと、本当に感謝の気持ちです。
とと、すみません。
感想というか、ちょっと違うもの書いちゃいました。
流して流して。


遊馬くんと杏さんの出会いに、思わずにやにやとしてしまいました。
ぜひとも恋愛に発展して欲しいっ←握りこぶし


楓さんの書き方、凄いなぁって思います。
端的に、だけど必要な描写はあって脳裏にその光景が浮かぶんです。
で、ニヤニヤする要素も入ってて、本当に羨ましいです。
私は描写がとても苦手なので。
そして、修飾過剰なくせもあるので(笑
頑張ってお脳を活性化させよう!私!


続き、楽しみにしています。
お仕事、執筆、頑張ってくださいね^^
暑いので、ご体調にはお気をつけて♪

>kazuさん

こんにちは。コメントありがとうございます。
ごく普通の日々の中、災害は突然やってくる。まさか自分が巻き込まれるとは考えていない。まさかこんな事が起こるとは想像もしていない。それが仮に、今後数十年以内に確実に起こると分かっていたとしても。それが災害です。

僕は二度ほど有珠山に行ったことがあります。その時の記憶を頼りに書いています。気象台のこと、火山活動発生前後の国や自治体、自衛隊などの動きについては、ネットを駆使して資料をかき集めました。ああ、ロケハンしたい!!!←切実(笑

杏と遊馬についてはですねー、今先行して書いている野いちごの方では間もなく次のステップ(!)へ行こうかという展開です。

文章はまだまだ勉強中ですが、ある方に「装飾語が多すぎる」と言われて以来、極力そぎ落とすよう心がけています。これ、意識すればするほど文章って短くなるし、語彙力も上がります。是非おためし下さい♪

野いちごに続きのストックがあるので、それが尽きるまでは楽勝更新です。ささ、今日も今日とて執筆活動。お互い頑張りましょう!
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楓 十色

Author:楓 十色
仕事との両立に悪戦苦闘しながら、それでも物書きを止められない人。工学博士(防災工学専攻)、技術士(建設部門)。

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