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ボルカノ・ベイ Act.1 _2

Category : volcano bay

(二)

 嵐がやってきた。
 と言っても、台風が上陸したわけでも、アイドルグループが来たわけでもない。
「雪乃さん!」
 見習いの若い仲居が、バタバタと廊下を走って顔を出した。
「あの今……」
「千帆さん、廊下を走らない」
「あ」 いけない、と千帆が舌を出す。
「もう」
 雪乃はクスリと微笑み、夕膳の盛りつけをしていた手を止めた。
「お見えになったの?」
「あ、はい」
「じゃあ行きましょう」
 後のことを板前と若い使用人に任せ、雪乃は割烹着を外した。丁寧にニスの塗られた板間の床を、足音を殺して歩く。照明を落とした廊下の柱には等間隔に行燈が吊され、けして派手ではない生け花や水墨画をしっとりと照らしている。
「誰なんです?あの人」
 雪乃の背中に千帆が尋ねた。
「西院商事の社長様よ」
「社長!」
 取り敢えず驚いてから、なるほどと頷く。
「いかにもって感じ」
「ダメよ。そういう言い方」
「分かってますよ」
「どうだか」
 娘と変わらない年頃の千帆に、つい雪乃の目元がほころぶ。
 趣のある廊下を少し行くと、目の前に手入れの行き届いた日本庭園が広がり、その向こうに洞爺湖に浮かぶ中島が見えた。夫と別れ、この「星街」の仲居として働き出してはや六年。古い小さな旅館ではあるが、雪乃はここの暖かい雰囲気がたまらなく好きだった。吹き抜けになったロビーに出ると、すでに女将の沙織が出迎えに立っていた。
「遅くなりました」
 着物の裾を整え、雪乃がその隣に並ぶ。
「お夕膳の支度は?」
「滞りなく」
「そう」
 ご苦労様、と沙織が頭を下げる。微かなお香の匂いが、品の良い横顔に花を添えるようだ。手を止めた仲居達が雪乃の隣に並び終わるのとほぼ同時に、正面の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
 沙織が深々とお辞儀をする。
「いらっしゃいませ」
 女将に続き、雪乃以下の仲居達が順に頭を下げた。
「ああ、よろしゅう頼むで」
 脂ぎった頭をした男が、煙草をふかしながら敷居を跨いだ。今時流行らないダブルのスーツに、胸には金色のエンブレムが光っている。
「何あれ?馬のバッジ?」
 西院社長を初めて見る千帆が、隣の仲居に小声で尋ねた。
「馬主さんなの」
「へえ」 千帆が呆れ顔で呟いた。「まさに成金オーナーてヤツですね」
「ちょっと」
 聞こえるじゃない、とつつかれる。
「いかがでしたか?」
 玄関に履き物を揃えた沙織が、西院の鞄を受け取りながら尋ねた。
「さっぱりやな。大種牡馬のサンデーサイレンスが死んでもてから、どうにも小粒ばっかりでいかん」
「そうですか」
「ま、わし好みの丈夫そうな仔が二三頭おっただけましやがな」
 ガハハと笑って煙草をもみ消した手が、女将と雪乃の手を握りしめる。
「うわ。何あれ」
「はいはい、行くよ」
 目をむいている千帆の背中を、先輩の仲居が追い立てた。

 五月下旬になると、札幌競馬場で競走馬のトレーニングセールが開催される。そこでは二歳馬が取引され、早ければ数ヶ月後にはデビュー戦を迎えることになる。言わば、即戦力のセリ市だ。もちろん、デビュー間近のセリ市とあって、超が付くような折り紙付きの良血馬が売れ残っていることはまずない。残り物、と言えば聞こえは悪いが、それでもこのセール出身で大レースを勝った馬もいる。
 「競走馬はビジネス」を公言し、使い捨ての雑巾のように所有馬を走らせては賞金を稼がせる西院にとって、このトレーニングセールは「安くて丈夫な馬」を買い叩く絶好の機会なのだ。当然、力の入れ具合が違う。毎年セールの一ヶ月前のこの時期に北海道を訪れ、下見がてらに牧場を巡っては唾を付けるのだ。そして、決まって最後にこの洞爺湖温泉に足を運ぶ。札幌から百キロも離れた「星街」に通う理由は、美しい女将と仲居に会うためだとのもっぱらの噂だった。

「スケベじじい」
 話を聞いた千帆は、上機嫌で廊下を歩く西院に向かって呟いた。もちろん、聞こえない声で。

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テーマ: 自作連載小説
ジャンル: 小説・文学

コメント

星街!

うふふ(^∇^)楓さんらしい素敵な名前です~
前話の爽やかな遊馬くんとの出逢いもドキドキだったけど
ぱきっと雰囲気の変わる場面展開、読んでちょうどいい一話の長さ。
惹きつけられます(⌒▽⌒)

かつて、友人が新聞の連載小説が展開や長さの面で
参考になるって言っていたのを思い出します。
毎日、少しずつですが、楽しみですo(^▽^)o

>らんららさん

こんばんは。
「星街」のことですか?僕らしいでしょ。笑
はい。今回はぴりりと。ま、千帆のおかげで薄氷を踏むような緊張感はないですが、あはは。プロローグで浅見父、前回は杏と遊馬が登場したので、順番的に雪乃を出さないわけにはいきませぬかと。

惹きついてくださってありがとです!

長さ、やっぱこれくらいがいいですよね。うむー
実は次回が超長いんですよ。ひー。だってこのお話、ブログに掲載することなんて全然考えずに書いているので、いい感じの文字数で切ろうとしても切れねえだろこれ!!!みたいな(笑
なので、今後も長さバラバラになると思います。ご容赦をー(>_<)。

No title

ありがとうございます。
雪乃さん登場まで、読めました。
洞爺湖の近く、まだ行ったことがないけど、競馬もして牧場にも行きましたので、このスケベ社長の感じはだいたいウフフな気がします。
チョット今日は用があるので、続きは明日のお楽しみとします。
面白いですね、とても。

>足立sunnyさん

こんにちは。
読んで下さりありがとうございます!
競馬もして牧場にも!
実は僕も競馬好きでして、馬券は買わないんですが毎週応援はしているんです。
牧場にも二度ほど行ったことがあります。静内SSと社台F空港。楽しかったああああ♪(遠い目

スケベ社長ウフフですか。ですよね。
少し古い競馬を知る方なら「サイイン」という名と「競馬はビジネス」というスタイルからピンと来るかも知れませんが、西院にはモデルがいます。もちろん、その方がこんなスケベジジイかどうかは知りませんけど(笑

面白いと言って下さり感激です。
是非また遊びに来て下さい。お待ちしています。
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楓 十色

Author:楓 十色
仕事との両立に悪戦苦闘しながら、それでも物書きを止められない人。工学博士(防災工学専攻)、技術士(建設部門)。

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