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ボルカノ・ベイ Act.1 _3

Category : volcano bay

 陽炎のように揺れる夕陽が洞爺湖の湖面に沈む頃、旅館「星街」はにわかに慌ただしさを増した。来館したお客様の案内や夕膳の支度、それに宴会の準備。仲居に休息の時間などどこにも無い。そんな折、一本の電話が入った。
「女将さん!」
 たまたま取り次いだ千帆が沙織を呼んだ。
「どうしたの?」 暖簾の奥から沙織が顔を出す。
「十名様でご宴会の申し込みなんですけど、どうしましょう?」
「いつ?」
「来月の29日です」
「ずいぶん先のお話ね。いいわ、お受けして頂戴。時間は?」
「えっと」
 慌てて千帆がメモに目を落とす。
「六時だろうです」
「藤田に伝えておくわ」
 沙織は慌ただしく手を振ると、板長の藤田がいる厨房へと姿を消した。
「5月29日って何かあるんですか?」
 千帆は相手に予約を承った旨を伝えて電話を切ったあと、側にいた雪乃に尋ねた。
「さあ……」 雪乃が首を傾げる。
「さっきの予約の話よね?」
「ええ」
「どちら様?」
「えーっと」 千帆はもう一度メモを取り出した。
「メイジ牧場様です」
「ああ」
 それなら、と雪乃は頷いた。
「もしかしたら、日本ダービーの開催日じゃないかしら」
「ダービー……」
 千帆は聞いたことがあるような無いような、釈然としない様子で眉をしかめ、最後に「何でしたっけ?」と雪乃に尋ねた。
「競走馬のナンバーワンを決めるG1レースよ。出走できるのは生涯一度。競馬に携わる人たちなら誰もが夢見る大舞台ね」
「へえ」
 千帆はさして興味なさそうに相づちを打ち、メモを閉じた。
「わざわざダービーの日に予約をくださったって事は、たぶん牧場の生産馬が出走を予定しているのよ」
「そんなに凄いことなんですか?」
「だって、年間数千頭も生まれるサラブレッドの中から、ダービーに出られるのはたったの十八頭よ」
「へえ!」
 千帆が目を丸くする。いくら競馬に興味がないとはいえ、さすがに驚いたようだ。
 とその時、行燈が灯る廊下の奥から、「おーい」と人を呼ぶしゃがれ声が聞こえた。雪乃と千帆が顔を見合わす。
「おおーい」
 今度はハッキリと聞き取れた西院社長の声に雪乃が踵を返した。
「はい!ただいま」
 すり足で奥の部屋に向かう。着くなり、大柄な西院が待ちわびた様子で雪乃を手招きした。
「どうかなさいましたか?」
 雪乃が丁寧に頭を下げると、西院は「いや」と言葉を濁して首を撫でた。
「食事はまだか?」
「ただいまご用意してございます。間もなくお持ちできるかと思いますが」
「一緒に酒を頼む。二合でいい」
「かしこまりました」
 雪乃が部屋を出ると、夕膳の支度が整ったばかりの厨房で、数人の仲居が慌ただしく動いていた。
「雪乃さん、西院さんの分お願いしてもいいかしら」
 その中に混ざって、女将の沙織が申し訳なさそうに雪乃を見た。相手は一癖も二癖もある西院だ。他の仲居では務まらない。何より、あの客には関わりたくないというのが大方の仲居の気持ちなのだ。
「ええ」
 雪乃は快く引き受けると、二合徳利に酒を注ぎ、香りの良い夕膳を持って再び西院の部屋へと向かった。
「お待たせいたしました」
 雪乃が部屋に入ると、西院は浴衣に着替えて縁側のソファに身を沈めていた。
「おお」
 吸いかけの葉巻を灰皿にもみ消し、ユラリと立ち上がる。
「ところで雪乃」
 手際よく膳を並べていた雪乃の名を馴れ馴れしく呼び捨て、西院が近づいた。
「便所から戻る途中に聞こえたんやが、どこぞから電話があったんか?」
「……はい」 一瞬手が止まった。
「どこからや?」
「それは」
 雪乃は捻るようにして体をずらし、再び手を動かした。
「近くの牧場様から宴会のご予約をお受けしただけです」
「どこの牧場や?」
 ドスと畳に腰を落とした西院の顔が、どこか楽しげに歪んでいる。嫌な人だと思った。この男は分かっていて尋ねている。
「メイジ牧場様です」
 雪乃が答えると、西院は堪えきれない様子でくくっと喉を鳴らした。
「ああ、あそこか。そういやこの旅館の対岸あたりやったかな」
「ええ。……ではこれで」
「待ちや」
 目を伏せたまま立ち上がろうとした雪乃の手首を西院が掴んだ。
「あの」
 まだお食事の準備が、と言いかけた雪乃を半ば無理矢理座らせ、西院はお猪口をぐいと突き出した。
「一杯だけ付きおうてくれんか」
「……はい」 溜息を殺して座り直す。
「しかし何やな」
 西院はそれに気付いた様子もなく、嬉々とした顔で話しだした。
「相変わらずあいつらは頭でっかちな馬ばかり作っとるようやな。時流がどうだ、血統がこうだなどと言うとらんと、丈夫でそこそこ走る馬だけ作っとりゃええもんを」
 くくっとまた喉を鳴らす。
 西院は注がれた酒を一呑みし、「馬鹿めが」と吐き捨てた口端を歪めた。
 雪乃も詳しくは知らないのだが、西院とメイジ牧場の間には、埋めることのできない深い溝があるらしかった。なんでも、メイジ牧場が育てた馬を買った西院が、その馬をボロボロになるまで使い続けた挙げ句、レース中の事故で殺してしまったのだとか。以来、メイジ牧場は西院と口をきかないどころか目も合わさないという。旅館内でも有名な話で、メイジ牧場の従業員の前で西院の名前を出すことは固く禁じられていた。
「そろそろ戻りませんと」
「ああ。すまんかった」
 西院はしおらしく詫びてお猪口を置くと、立ち去りかけた雪乃の背中に蛇のような視線を這わせた。
「ときに、別れた旦那は元気か?」
「え?」
 まったくの不意打ちだった。
「……さあ」
 返事に窮した雪乃は、必死に西院との今までの会話を思い起こしていた。
 おかしい。おかしいと心の中で呟く。
 娘の話はしたことがあったが、旦那の話など一度もした覚えがない。ましてや別れたことなど話すはずもない。雪乃は気付かれないように息を整え、足元の畳を見つめた。
「もう随分連絡を取ってませんから」
「何年になる?」
「六年です」
「そんなに経つのか。娘は?確か杏ちゃんだったかな。何歳になった?」
「高校三年生です」
「早いもんや。……で、原因は浮気か」
「え?」
 突然話を引き戻された雪乃は、思わず尋ね返した。
「離婚の原因や。こんなええ女捕まえといてまだ余所で女抱くたあ余程の甲斐性持ちかええ男なんやろ」
「……失礼します」
 雪乃は後ろ手で戸を閉めた。西院はまだ何か話し足りない様子だったが、そんなことはどうでもよかった。鼓動が鋼のように打っている。
『浮気か』
 と言った西院の声が、まるで亡霊のように肌に絡まり、毛穴という毛穴を塞いでいる。手で胸を押さえ大きく息を吸う。嫌な汗が背中を伝う。おそらく西院は肯定と取ったろう。夫の浮気が原因で離婚したのだと。雪乃は足早に廊下を歩いた。一刻も早く西院の部屋から離れたかった。

『……雪乃』
 この六年間、必死に忘れようとしてきた「彼」の声が不意に脳裏をよぎった。
『一緒に来てくれないか』
 ダメ、と首を振る。彼のことはもう二度と思い出したくなかった。彼のせいだとは思っていない。ただただ自分が弱かったのだ。自分のせいで娘は父親を失い、夫は大切な家族を失った。

「雪乃さん、ちょっと」
 厨房から板長の藤田が顔を出した。雪乃は救われた思いで顔を上げ、いつものように割烹着を締め直して西院の部屋を後にした。

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テーマ: 自作連載小説
ジャンル: 小説・文学

コメント

初めまして

紺野様、こちらでは初めまして。
さっそくお邪魔させていただきました!

『ボルカノ・ベイ』楽しく読ませていただきました。
こう言った言い方は失礼かもしれませんが、非常に「上手い!」と感じました。
地の文の描写、キャラクター描写、どれをとっても魅力的で、
ぐいぐいと引き込まれてしまいました。

特にキャラクターの描写が良いですね。
いかにもねっちりした西院は、これから何をしてくれるやら(笑)
この人物たちが絡み合い、これからどんなストーリーが展開されるのか。
楽しみに待っております!

>沖川英子様

こちらでは初めまして。
なんと……読んでくださりありがとうございます。素直に嬉しいです♪
描写は入れようと思えばいくらでも入るのでしょうが、バランスが難しですよね。書きすぎず、ある程度読者の想像に任せながら、でも伝えたいポイントだけは外さない。そのうえキャラの個性を出していかなければならないのが辛いところです。そういう意味では、沖川さんのような描写力をお持ちの方にそう言っていただけたこと、とても嬉しく思います。
西院はやらかしますよ。そういうフラグが立ってます。笑
こういう際物キャラは書きやすくていいのですが、まだまだ、キャラの書き分けって難しいです。のんびり更新ですが、どうぞ、またご訪問くださると嬉しいです。

最後に、リンクフリーとのことでしたので、勝手ながらリンク張らせていただきました。のちほどご挨拶に伺わせていただきます。これからもよろしくお願いします。

むはー♪

面白いっ!楓さん、これすごーく完成度が高い作品ですね!
確かに、確かに。楓さんがおっしゃるような「無駄な描写」というものが一切感じられません。かといって、物足りないかというとそうでもなく。
簡単な言い回ししか出来ませんが、とても「丁度いい」と感じました^^

物語の流れも、色々と支流がありつつ最後は本流でまとまるのだろうな…と。それぞれの流れの中で、色んな事態が起こりそうで…う~ん、どきどきします♪

いや~それにしても。
こんなにも一瞬にして人を嫌いになれるとは思いませんでした。イヤだわー西院(笑)
そう思わせることが上手いんでしょうね、楓さんが^^お見事なのです♪

ええっと。一つだけワガママをいうのであれば…
ちょっとだけ、文字が見えにくい部分があったりします@@;黒地に白文字だと。
でも、この作品の雰囲気にはとても合ってる気がするので…変えて欲しいとは願いませんが^^(ここがワガママ?

うん。面白い、面白い♪
また来ますね~^^

>chachaさん

こんばんは。読んでくださりありがとうございます。
なでしこの応援のため、夜更かしネット徘徊中の楓です。
あふ。嬉しいお言葉感謝です。
完成度!やー、いやいやいや、あぎゃぽw←舞い上がった(笑
まだまだ序盤。ご期待に添えるかどうか、最後まで気合を入れて書き上げたいと思います。プロットはほぼできています。あとは個々のシークエンス。これがですね……頑張ります!

描写は難しいです。本当に。語彙力、表現力、想像力、どれも中途半端な僕には、まだまだ似たような表現しかできません。バランスとして「丁度いい」と言っていただけたことはとてもありがたい目安になります。感謝です♪

物語は基本、浅見親子を軸に動くことになります。真一、杏、雪乃、三人の視点はやがて「有珠」というキーワードに濁流となって飲み込まれることになると思います。あとはそれを書き上げる技量が僕にあるかどうか。汗

頑張りますー!!!

それから

>chachaさん
やっぱちょっと見にくいですか。ですよね。僕もそうかな?と少し思っていたんですよ。でも、chachaさんがおっしゃるように、テンプレは物語とマッチしていて気に入ってまして、できれば変えない方向で何とかしたくてですね。で、せめて文字のサイズをもう少し大きく見やすくできればと思いさっきからカスタマイズに挑戦していたんですけど……んー、んー、もう少し勉強してみます。汗
絶対できるはず!
すみません。
もう少しだけ我慢してもらえます?ごめんなさいー(>_<)。

ぎゅ~

雪乃さんと西院のやりとり。緊張して緊張してっ(><。)
ああ~いやだわっ!!
手、、触るなってば~(泣

長くなかったですよ、今回も♪
なにって、展開がとにかく目が離せないし、とくとくと自分の鼓動の音と一緒になって進んでいくような、心地よいさくさく感があって。
読みやすいし~。

皆さんもおっしゃっているとおり!!!

きちんとした「作品」なんですよね~(溜息
さすがです♪

また来ます!!

カスタマイズ、がんばって~!!!
というか、iphoneだとどちらにしろ、小さいから(笑

>らんららさん

こんにちは。
西院、えらい嫌われようですね。当たり前か(笑
そうですか。
長くないですか。良かった♪
確かに今回は会話文が中心だったので、割とさくさく行けたかも知れないですね。よかったよかった。

ありがとうございます。
「冒険物語」「カシオペヤ」「ハルジオン」「紺色の海、緋色の空」と書いてきて、「紺色」以降少し間があったんですよ。投稿に挑戦しようとして書けず、活字恐怖症になって野いちごを退会し……そういうこともあって、この作品は「満を持して」な感はあります。最後までご期待に添えるよう頑張ります。

カスタマイズ……これがですね(汗
どうも巧くいかないし、昨日くらいからやたらfc2サーバが重いしで手こずってます。畜生っす。頑張ります!
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楓 十色

Author:楓 十色
仕事との両立に悪戦苦闘しながら、それでも物書きを止められない人。工学博士(防災工学専攻)、技術士(建設部門)。

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