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ボルカノ・ベイ Act.1 _7

Category : volcano bay

「手塩にかけて育てたって、二束三文にもならない馬はたくさんいる。馬産が儲かるなら、潰れる牧場なんかあるもんか」
「……アスマ?」
 杏は遊馬の顔を覗き込んだ。苛立ちを隠すように唇を噛み、拳を握りしめている。
「ごめん」
 触れてはいけないことに触れた。すぐにそう気付いた。遊馬はさっき、「わけがあってここで働かせてもらっている」と言っていた。きっとそのことと関係があるのだろう。遊馬の口調は静かだった。けど、それが逆に杏を不安にさせた。「潰れる牧場なんかあるものか」そう言った遊馬の言葉が重くのしかかる。
「ごめんなさい」
 杏はもう一度謝った。
「いや……いいんだ。悪かった」
 遊馬はゆっくりと息を吐き出し、二本目の煙草に火を付けた。
「数千万なんて取引はそうないんだ。だいたい一千万以下。最悪は主取り。種付け料や飼葉、寝藁、人件費。馬が売れなければあっという間に赤字だ」
「そうだよね」
「あの子の兄ちゃんだって、たった七百万で落札された。種付け料だけで一千万もした馬だから大赤字さ」
「……そうなんだ」
「ファイアスターは俺が初めて取り上げた馬だったんだ。だけど、先天的に前肢が外向しててさ」
「がいこう?」
「脚が外に曲がっているんだ。そういう馬は故障しやすく、ほとんどが競走馬として大成できない」
 遊馬は目を細めてピー子を見つめた。
 ピー子の兄ファイアスターは、先天的な外向だけではなく体質も弱かった。おかげで調教のピッチは遅々として上がらず、他の馬よりもデビューが遅れた。ところが、である。ファイアスターはそのレースを持ったままの大楽勝でブッちぎって見せたのだ。関係者は喚起した。大した調教も積んでいなかったのだから、驚くのも当然だった。
「なんだあの馬は?!」
 ライバル馬主やマスコミが、ひっきりなしに管理する瀬戸口調教師の元を訪れた。
 遊馬は不安だった。彼の体の弱さを、遊馬は誰よりもよく知っていた。とにかく無事で、と祈る思いで迎えた二戦目の朝、ファイアスターが熱発でレースを取り消したことを知った。予感は的中した。幸いだったのは、思ったほど症状は重くなかったことだった。その後もう一度立て直され、再び挑んだ二戦目をまたしても圧勝した彼は、一躍「ダービー馬候補」に名乗りを上げた。

「競走馬はね、馬主に引き渡した時点で牧場とはほとんど縁が切れるんだ」
 と遊馬は言った。
「どう言うこと?」 杏が聞き返す。
「もう戻ってこないの?」
「馬主に引き取られた馬は調教師に預けて鍛えられる。体調管理も含めてね。帰ってくるのは長期放牧に出された時くらいさ」
 ファイアスターの熱発は、放牧するほどのこともなく回復した。
 二戦二勝。いずれも他馬を寄せ付けぬ圧勝劇。ただ、一戦ごとにまるで魂を削るように消耗し熱発を繰り返すことから、ダービーの前哨戦となる皐月賞では三番人気に留まった。
「……で、どうなったの?」
「知りたいか?」
「知りたい知りたい」 杏は身を乗り出した。今まで競馬に何の興味もなかった杏にとって、遊馬の話すべてが未知の世界だった。
「結果は……」
 遊馬がニヤリと言葉を切る。そしておもむろに続けた。
「熱発。皐月賞回避」
「えー!」
 杏はつい大声を出してしまい、慌てて口を手で覆った。
「それが先週の話さ」
「……大変だね。馬育てるのって」
「そう言うこと」
 遊馬は二本目の煙草をもみ消すと、うんと大きく伸びをした。
「さ、そろそろピー子連れて戻るわ」
「あ、うん、分かった」
 最後に一分だけ、と言って再びカメラを構えた杏に苦笑いで返し、遊馬はピー子に向かって歩き出した。牧草の状態を確かめる。実家の静内とはまるで違う。有珠の噴火で積もった火山灰質の土壌は、本来競走馬の育成には適さない。それを地盤改良し、良質な牧草を根付かせた先人の努力は並大抵ではなかったろう。幸い2000年の噴火では育成馬を避難させるだけですんだものの、その前の噴火では経営が傾くほどの被害を被ったと聞く。
「もういいか?」
 遊馬が尋ねると、杏が顔を上げた。
「うん。ありがと」
「じゃ」
 ピー子を促して背を向ける。その足がハタと止まった。
「……結構様になってるぜ」
「何が?」 杏が眉を潜める。
「カメラ」
「あー、ありがと」
「写真家にでもなるのか?」
「無理無理」
「やってみないと分かんないだろ。今度見せろよな。写真」
「アスマが煙草止めたら考える」
「なら一生無理だ」
 アハハと笑い、遊馬は「じゃあ」と小さく手を振った。
「じゃね」
 杏は何気なくバケツを見た。吸い殻ばかりが十ほど転がっている。パパも煙草が好きだった。そんなことを思いながら、杏はカメラを肩に歩き出した。

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テーマ: 自作連載小説
ジャンル: 小説・文学

コメント

うーせちがらい(涙

こんにちは、楓さん。

競走馬を育てるのって、大変なんですね@@;
生まれる前からとんでもない額のお金が掛かって。
その期待を負いながら生まれてくる子馬達。
経費は出て行くわけだし、お金が入ってくるのは落札されてから。
そんな皆の努力の上に、競馬って成り立ってるんですね。

あぁ、しかし!
杏ちゃん!
今さっきね?今さっき、そのタバコ好きなパパが近くを通ったんだよっ。
うーあー、教えたいっ、じれじれだ~っ。
こういうの好きです~^^
そうそう、前記事のお二方のコメにもありましたが、意外とすれ違ったりするんですよね。現実でも。

そしてそして。
二人の仲、進展して欲しいな♪
恋!に←うふふ~♪

やってみないとわからない……
そうだよね、アスマさん!
私もそう思う!
やってみないとわからない、好きな言葉です。
ではでは^^

>kazuさん

こんにちは。
そうですね。馬産は我々が想像する以上に大変みたいです。
そもそも肌馬(繁殖牝馬)の維持管理に金がかかる。種付け(お馬さんのH)に金がかかる。そこで不受胎になった場合、種付け料を全額返してくれる場合もあれば半分しか返してくれない場合もある。最悪は一文も返ってこない。死産もある。肌馬が死ぬ場合もある。無事生まれたとしても外向していたり極端に体質が弱かったりする場合もある。
もうね、賭ですよ。
だから、育成過程での事故などもってのほかです。
たくさんの中小牧場が破産しています。大牧場でも経営不振に陥り、競走馬から撤退する事例が後を絶ちません。この物語に登場するメイジ牧場のモデルとなった某大牧場も、実は今年撤退に追い込まれました。

すみません。熱く語ってしまいました(汗

杏と真一、すれ違いました。
二人はそう言う運命なのかも知れません。
……どうかな?どうだろ?をい

遊馬と杏は……どうなんでしょうね?←こればっか(笑
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楓 十色

Author:楓 十色
仕事との両立に悪戦苦闘しながら、それでも物書きを止められない人。工学博士(防災工学専攻)、技術士(建設部門)。

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