スポンサーサイト

Category : スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ボルカノ・ベイ Act.1 _9

Category : volcano bay

 どのくらいそうしていただろうか。「あの?」と後ろから声がした。顔を上げると、さっきの受付のお姉さんと目が合った。
「聞いて行きます?」
「え?」
「講演を公聴される方には入館料をもらってないの。良かったらどうぞ」
 はい、とパンフレットを差し出される。杏はそれを黙って受け取り、もう一度講師の欄を見つめた。
「浅見、真一」
 口の中で反芻する。単なる同姓同名でないことは顔写真を見れば分かる。ちょっと照れたような顔。「講師」なんて書かれていても、少しも偉そうに見えないところが父らしい。
「会場は二階よ。そうそこ。その階段を上がってすぐに右」
 お姉さんも暇なのだろう。受付の窓から顔を出し、頼んでもいないのに会場の場所を教えてくれる。杏は促されるままに向きを変え、階段の下まで歩いたところで足を止めた。
 両親が離婚して以来、杏は一度も父の顔を見ていない。もちろん連絡も。別に誰にダメと言われた訳じゃない。父を嫌いなわけでもない。疎遠になったのは、単に父が何も連絡をくれなかったからだ。ただの一度も。
「ようこそ。一般の方ですか?」
 突然呼び止められ、杏は胸元のパンフレットを抱きしめた。会場の外の廊下にスタッフらしき若い男性が立っていた。あれ?と我に返る。どうやら無意識のうちに階段を上ってしまっていたらしい。
「こちらにご記帳ください」
 男性が胸ポケットからボールペンを抜いて差し出した。その薄いねずみ色の上着に見覚えがある。良く見れば、胸のところに朱色で「札幌管区気象台」と縫い込まれていた。やっぱり、と思いながらペンを受け取る。同じ職場の人なのだろう。
 廊下に置かれた簡易机の上に、一般来客用の記入用紙があった。杏は「浅」と書きかけたところでそれを塗りつぶし、「戸田美月」と書き直した。本人に話せば、「勝手に親友の名前使わないでよね」と怒られそうだ。
「どうぞ」
 と講演の資料を渡され、一番後ろの扉から入るよう案内される。中は真っ暗だった。唯一明るいスクリーンには、外輪山を含む有珠の上空写真が映し出されていた。噴火直後の物だろうか。あちこちに地割れや流れ出した火砕流の跡が見える。
「……そして四月十二日、この予知連の見解を受けて、避難指示地区の一部解除が決定されました」
 懐かしい声だった。
 ピンマイクごしのせいか、少し少しくぐもって聞こえるそれはしかし、紛れもなく父の声だった。
 暗闇の中、杏は壁にもたれ掛かった。会場は小ホールになっていて、映画館やコンサート会場のように一番前の舞台から緩い階段状に足元が高くなっている。一番後ろから入った杏の姿は暗くて遠い。まず見つかることはない。
 父はスクリーン脇の演説台にいて、時折レーザーポインタを使ってスライドの説明を行っていた。小難しい専門用語は分からなかったけれど、噴火から完全に避難指示が解除されるまでに一ヶ月半かかったことや、その後の復旧事業に多額の整備費用が必要だったことはよく分かった。今は何気なく暮らしている洞爺湖の温泉街も、遊馬たちが働くメイジ牧場も、きっと大変だったに違いない。けれど、
「信じられない」
 それが率直な感想だった。 当時杏は六歳で、札幌に住んでいた。身をもって噴火の怖さを体感したことはない。杏は会場を見渡した。顔は見えないものの、比較的高齢の公聴者が多いようだ。それはそうだろう。もし杏が友達を誘ったって、誰一人聞きになど来やしないに違いない。
 スクリーンの画像が切り替わる。慣れてきた目で議事次第を見ると、講演開始からもう一時間以上経っていた。
「結構喋るんだ」
 などと変なところに感心する。ある日突然パパと再会したら……そんなことを考えた時期もあった。言葉に詰まって見つめ合ったり、涙流しながら抱き合ったりするのかな?なんて、まるで人ごとのように想像したりもした。けど、現実は違ってた。
 思えば、今まで父がどんな仕事をしているのかをよく知らなかった。もちろん、気象台に勤めていることは知っていた。けど、仕事の内容など気にしたこともなかった。
「天気予報でも作ってるんじゃない?」
 もし誰かに聞かれれば、きっとそんな風に返していただろう。今までは。
 ああ、そう言えば……と思い出す。
 小学生の頃、何度か父がどこかの山の噴火口をヘリから撮ったと言って、写真を見せてくれたことがあった。何の興味も湧かなかった。どう答えたかも忘れた。それでも父は「凄いだろ」と楽しそうに写真を見せてくれた。とにかく写真が好きな人だった。そんなことを考えていると、いつの間にか講演が終わっていた。
 拍手と同時に会場の灯りが付く。
 杏は慌てて顔を引っ込めた。
 司会者がお礼の言葉を述べ、すぐに質疑応答が始まった。杏は会場を後にした。久しぶりに見た父は、ずいぶん白髪が増えていた気がした。

>>次へ

テーマ: 自作連載小説
ジャンル: 小説・文学

コメント

おおお!

一方通行ですけど、杏ちゃん、パパに会えましたね!
あ~やっと繋がってスッキリです(笑)
でも残念なことに、浅見さんは気付かず!うーん、ムズカシイ@@;

遊馬くんと杏ちゃんとのやりとりにニヤニヤとして。
ちょっとずつ、距離が縮まっていけたらいいのにな、なんて^^
写真もがんばってみたらいいのに。パパも好きだったみたいだし?

やっぱり親子なんだな、なんて思える箇所がちらほら。その度、顔がほころんでしまいます♪
有珠山。じわじわ…近づいてますよね…
こうやって過去の歴史など見ていると、再び訪れることがどれほど怖いことなのかを改めて確認させられます。

うーん。そこが怖いけれど、このお話はやっぱり面白い!^^
また来ます♪

>chachaさん

こんにちは。
追いついて下さりありがとです!
はい。
杏が先に真一をハケーンしました。でも会う気はないようで……というか、あのシチュエーションではね。自然な流れでそうなりました。この二人、まだまだ会わせるわけにはいきません(そうなの?笑

杏は自分の将来をまだどうしていいか迷ってるんですよね。迷っているというか、何も見えていないというか、見ようとしていないというか、分かっていないというか、何というか。
そこに遊馬をどう関わらせるか、そこが一つのポイントだと考えています。

有珠はまだ沈黙を守っています。
でも、必ずいつかその時は来る。
我々は備えておかなければならない。
なのに、それでも、来ると分かっていても、人は日々の暮らしの中で見たくないものに蓋をしてしまう。想像することを止めてしまう。忘れてしまう。災害で一番恐ろしいのは、実は人の「記憶」だと思うんです。
いずれ、描く時が来るでしょうね。
また来て下さい。待ってます♪
非公開コメント

enntry & comment
access ranking
[ジャンルランキング]
小説・文学
3931位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
オリジナル小説
931位
アクセスランキングを見る>>

FC2小説ブログ にほんブログ村 小説ブログ
profile

楓 十色

Author:楓 十色
仕事との両立に悪戦苦闘しながら、それでも物書きを止められない人。工学博士(防災工学専攻)、技術士(建設部門)。

counter

※二度踏みノーカウント
link
seach word

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。