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ハルジオン

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プロローグ

 朝から降り続いた雨も夕方には上がり、灯りの落ちた家々を夜の帳が包み込んでいた。
「変わんねえな」
 神社へと抜ける近道を歩きながら、達也は小さく呟いた。雨露に濡れたあぜ道で立ち止まり、辺りを見回す。どこを向いても山また山。よくもこんな田舎町で暮らしていたものだと、今更ながらに感心する。
「まったく」
 達也は舌打ちとともに再び歩き出した。あれほど重くたれ込めていた雲も今はすっかり流れ去り、透き通った紺色の空には大粒の星達が煌めいていた。昔と変わらぬ景色、草の薫り、そのすべてがもどかしい。

 二年前、父親が死んだ。
 高校の卒業式を間近に控えた、ある寒い日の朝だった。
 達也はそれを機にこの町を捨てた。
 頼る宛があったわけじゃない。荷物もない。財布だけをズボンのポケットに押し込み、小さな無人駅のホームで二両編成の列車のタラップを踏んだ。
「遠くへ行こう」
 あの日、達也は車輪を軋ませて動き出した列車の窓から、もう見ることはないであろう田園風景を眺めていた。何の感傷もないと言えば嘘になる。けれど、この町を故郷だなどとは、どうしても思えなかった。
 列車が鉄橋に差し掛かったとき、潜水橋の上に人影を見た。
 雨が降って、水かさが増えると、川の中に潜ってしまうその橋には、それ故欄干がない。
 人影は降りた自転車のハンドルを掴み、大きく肩で息をつきながら、横切る列車を見上げていた。
「……百合子」
 何で?と達也は立ち上がった。
 誰にも言わずに家を出たはずだった。いつものように目覚め、いつものように顔を洗い、歯を磨いて服を着替えた。薄暗い居間にある両親の仏壇の前に立ち、額縁から母親の写真だけを抜き取って財布にねじ込んだ。線香に火をつけ、一度だけ鐘を鳴らした。最後に玄関の鍵をかけたときの乾いた音だけが、いつもとはどこか違って聞こえた。
 駅に向かって歩く途中、連なる多紀連山の稜線に舞い上がったトビが、螺旋を描いて鳴いていたことを覚えている。もうこんな光景も見ることはないのだろうと思った。
 同時に百合子の顔が脳裏をよぎった。
 それと、靖之の顔も。

「……許せ」
 達也は列車の窓に額を押しつけ、遠ざかる人影を身じろぎもせずに見つめた。
 赤錆びたトラス(鉄橋の骨組み)が横切っていくその向こうで、短いセーラー服のスカートが揺れていた。

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テーマ: 自作連載小説
ジャンル: 小説・文学

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楓 十色

Author:楓 十色
仕事との両立に悪戦苦闘しながら、それでも物書きを止められない人。工学博士(防災工学専攻)、技術士(建設部門)。

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