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ボルカノ・ベイ Act.2 _5

Category : volcano bay

 西院はド派手なストライプの入ったダブルのスーツを脱ぐと、汗まみれのそれを沙織に押しつけた。小さいとは言え老舗旅館の女将をまるで自分の愚妻とでも勘違いしているかのようなその振る舞いに、千帆が小声で「うえ」と毒づく。
「セリはいかがでしたか?」
「それよ」
 嫌がる仕草など微塵も見せず、荷物を手に沙織が尋ねると、西院は渋い顔で廊下を大股に歩き出した。先月の来訪から一月。この日は競走馬を競りにかけるセレクトセールの初日だった。
「上首尾……とはいかんでな」
「あら」
「先月わしがツバ付けとった馬が江藤はんと競合してな、結局倍ほどしよった」
「まあ」
「せやけど最後にはわしがビシッと締めて落札よ。2500万。たっかい買い物やが江藤なんぞに渡してたまるかっちゅう話よ」
「それはそれは」
「ところで、雪乃はどうした?」
 西院が事務所を覗き込む。
「今ちょっと外に出ておりまして」
 沙織が反対側の厨房に目をやると、ピタリと雪乃と目が合った。その顔は益々強ばり、色を失っているように見えた。
 大丈夫よ、と無言で頷く。雪乃は弱々しく首を横に振った。それが少し気になったものの、まずはこの問題児を部屋に押し込んでしまう必要があった。
「お部屋は二階の奥になります」
 先頭に立ち、西院を階段へと誘導する。
 案の定、西院を部屋に通して戻ってきた沙織を、雪乃がすがるように引っ掴んだ。
「いけません」
 開口一番、雪乃は言った。
「……いけません」
 譫言のように訴える雪乃の表情が、尋常ではない何かを予感させる。何事かと手を止める仲居たちに作業を続けるよう目配せし、沙織は雪乃を事務所に招き入れた。
「どうしたの?」
「すみません」
 雪乃は悲痛な表情で顔を伏せた。
「それじゃ何がいけないのか分からないわ。ちゃんと説明してもらわないと」
 沙織は雪乃の手を取り、なるべく優しい声で促した。
「それは、その」
 言いかけてまた、口をつぐむ。
 沙織はじっと待った。
「あの……」
 雪乃はしばらく躊躇ったものの、最後は細い息を吐き出した。
「彼……誠二さんと西院社長は、絶対に会わせてはいけないんです」
「どうして?」
 問い返しながら沙織は首を傾げた。二人の関係のことは確かに気になる。けれどもう一つ。雪乃はまた、あの客のことを「誠二さん」と名前で呼んだ。
「……以前、西院社長がメイジ牧場様の生産馬を壊してしまわれたことはご存じですよね?」
「有名な話よね」
 沙織は小さく頷いた。
 かつて、サイインサンキューという競争馬がいた。美しい芦毛(白っぽい毛質の競走馬)の彼女はしかし、その容姿からは想像できないほどの根性娘だった。サンキューは強かった。G1こそ勝てなかったものの、重賞(G1に次ぐビッグレース)3勝を含む計5勝をあげた。牡馬が相手でも、古馬(年上の馬)が相手でも、彼女は一生懸命ゴールを目指した。そのひたむきな姿は多くのファンの共感を呼び、いつの頃からか「キューちゃん」と呼ばれ親しまれるアイドルとなっていった。
 彼女が不幸だったのは、彼女の馬主が西院だったことだった。馬を経済動物としか見ていない西院は、彼女を休ませることなくレースに使い続けた。サラブレッドの脚は細くて脆い。やがてサンキューは脚を痛がり、走りに精彩を欠くようになった。ファンから苦情が殺到した。誰の目にも限界を超えていることは明白だった。それでも西院はサンキューを休ませることはなかった。彼女はまるで魂を削るように、すべてのレースに全力で走り続けた。そして悲劇は訪れた。サンキューはレース中に脚を粉砕し、その場で予後不良(安楽死処分)となったのだ。
 サンキューの遺体は生まれ故郷であるメイジ牧場に届けられ、多くのファンに見守られながら手厚く埋葬された。彼女が牧場に帰ってきたのは、西院に引き取られて以来、その時が最初で最後だった。メイジ牧場で西院という名前が禁句なのには、そう言う理由があった。

「その壊れされた馬に乗っていたのが誠二さんなんです」
「……え?」
 あまりに意外な言葉に、沙織は思わず声を上げた。同時に事務所の戸外が騒がしくなる。沙織は一つ大きな咳払いをすると、再び静かになった部屋で雪乃の手を取った。
「つまり、あのお客様……田原様は騎手なのね」
「元、ですけど」
 と雪乃は頷いた。
 その事件をきっかけに、田原は騎手を廃業したのだ。
「そして、あなたの事もよく知っている」
「……ええ」
「分かった」
 沙織は小さく膝を叩き、これ以上の詮索を止めた。
「幸い田原様は一階、西院社長は二階の奥と離れた部屋にお通ししてるから、お風呂を除けば顔を合わすことはないわ」
「そう、ですね」
「お二方には入浴のタイミングをずらしてお勧めするから心配しないで」
「すみません」
 雪乃が深々と頭を下げる。
「ほら、顔上げて」
 沙織は雪乃を立たせると、夕膳の支度を急ぐよう言い付け、「大丈夫?」と念を押した。
「ええ」
 大丈夫です、と答えた雪乃の顔には、幾らか生気が戻っているように見えた。

>>次へ

テーマ: 自作連載小説
ジャンル: 小説・文学

コメント

なるほど、なるほど。

田原誠二さん。騎手だったんですね。
それで西院(もはや呼び捨て)とも繋がりがあって。
その上、雪乃さんとの過去にも誠二さんは何らかの関係があるわけですよね…
おぉぉ。これはこれは。荒れますね(笑)
お風呂以外はって、お風呂で出会ったらどうするんですかー!!><
西院なんて、勧められた時間に大人しく従うかどうかわかったもんじゃないですよ!全く!(ひどい言われよう

はードキドキする!どうなっちゃうんだろう?西院、また雪乃さんに変な詮索したりしないかなぁ@@;

そういえば。
先日テレビで競走馬(だけに限らないんでしょうが)は足を折ると自分の体重を支えれないから、安楽死させるってこと、見たばかりでした。
その馬に乗っていた騎手にとっても、辛い出来事なんでしょうね。その上、無理させてずっと走らせていただけに。
誠二さん…(雪乃さん風に。笑

続き、激しくお待ちしております!(笑)

ダブルのスーツで派手なストライプ……

西院社長、ある意味期待を裏切らない……(笑
そのまま、葉巻くわえてください。
そしてソファにふんぞり返ってください。
もう、イメージはときめきトゥナイトの神谷パパ。
いや、神谷パパは意外と優しいけど(笑

しかし、嫌悪感とか言いながら、読むとコメントに西院社長の名前を書きたくなるのはなぜだろう……(笑

田原さんは、雪乃さんとの過去だけではなく西院社長とは過去に確執があったんですね。
そうだそうだ、お風呂であっちゃったらどうするんですかー!(chachaさんの背中に隠れつつ

動揺を自制できないくらいのことが、雪乃さんと田原さんの間で何かあったんですね。
あうぅ、続き気になります……。

……北海道の写真見て、癒されてから戻ろう♪
では^^

>chachaさん

こんにちは。
そうです。田原は元JRA騎手でした。
そして、サイインサンキューの主戦騎手でもあった。
彼の苦痛はやがて語られる時が来ますが、これをきっかけに騎手を止めていることから、その深さ、苦しさは推して知るべし、です。
荒れますとも。
風呂場には鼠一匹見逃さない厳重な警備?が付くのです。
でないと、沙織はどちらかの客を追い出さなければならないわけで、老舗旅館の女将としてそれはできない選択なんですね。なので、全力で行きます。笑

サラブレッドの脚は本当にガラス細工のように繊細です。
軽度の骨折であれば、そのまま馬運者に運ばれて治療にあたりますが、サンキューのように粉砕してしまえば手の施しようがありません。反対の脚で庇おうとしても、今度はその脚が自分の体重を支えきれずにやがて壊死します。そんな苦しみを与えるよりも安楽死処分にした方が、動物愛護の観点からもよほど人道的だというのがこの世界の常識なんです。

続き、実は再び杏にカメラが切り替わります。
あっちもそろそろ進展してもらわねばなりませんので♪

>kazuさん

こんにちは。
ときトゥナ!!!!!懐かしす!!!←読んでたw

ええ、まさに西院は漫画の世界から飛び出してきたようなこてこて成金男です。スーツはダブルにストライプ。もちろん、葉巻持ってます。ソファにだってふんぞり返ります!車はベンツ二台。鼻毛出てます!!!え(笑

田原の過去、取り敢えず西院との確執だけ触れておきました。
もう一つの肝心の雪乃との過去については、まだしばらく引っ張りますよ。ま、およそどういう間柄だったかは、最初の西院の登場シーンで軽く触れているので想像はついてらっしゃると思うし♪

お風呂では絶対に会わせません!
その辺の子細についてはchachaさんへのコメ返を参照して……え?横着するな?笑

北海道の写真んー!
僕も見に行こ♪

お風呂

よかった~絶対にあわせないんですね♪
ふううう~。(←お風呂という状況での楓さんの描写が気になるものの、
やっぱり安心しました。だって、男湯って見たことないもの…)

雪乃さんと誠二さんの繋がりはこれから、ですね。
悲しいサンキューの事件とも何か関連が。
でも。
物語の運命を司る楓神様としては。きっと企んでいるんですよね、いろいろ…。
楽しみというかどきどきというか~。

真壁君~♪


ところで、サラブレッドという種は、元々骨折した場合には生きていけない種なのでしょうか?
人の手が加わったから?とか。考えちゃいます。
野生の状態で外敵がいるなら怪我は死に至る、という理屈も分かるのですが…。淋しいです~。
生き物を生かす仕事は、常に死と隣りあわせで。牧場に勤める遊馬くんが、余計にかっこよく感じちゃいます♪

>らんららさん

こんにちは。
え?欲しいですか?西院の入浴シーン(をいww

雪乃と誠二の関係はこれからじっくり、というところですね。
まずはその前に、西院との因縁を書いておかないと、この先プロットで詰まることになるので、こちらを優先させました。
まあね、企みは色々あってですね。
ふへへ←

野生の馬よりも、サラブレッドの方が故障は多いでしょうね。とにかく人間が早く強い馬を求めて淘汰し、生き残った種族です。スピードと足元はトレードオフの関係にあって、つまり、非凡なスピードを持つ馬ほど足元にかかる負担は大きく、故障しやすいんです。
野生の馬ならそんなに重くない故障ですむものが、研ぎ澄まされたサラブレッドの場合重度の骨折になってしまう。症状が重くなるほど生存率は下がりますから、そういう意味でサラブレッドの方がより死と隣り合わせの環境にあることは間違いないです。

だから、遊馬や他の従業員が、杏に「入るな」と言うのは当たり前のことです。馬は本当に繊細で、ちょっとした物音(例えば傘を開く音とか)にも驚いて放馬したりします。遊馬もたくさんの馬を見てきています。正直、僕の憧れの職業だったりもします。朝早いのだけが難点です(^_^;)

うわ~

まさかの展開ですね。
田原さんと西院、そんな因縁があったとは……
でも、この感じだとひと悶着ありそうな予感がします。
なんだかドキドキしてきました(笑)

でもでも、雪乃さんとの関係は!?
こちらが明かされる日も楽しみに待っていますよー!

私は北海道で引退したサラブレッドに体験乗馬で乗ったことがあるのですが、
本当に綺麗な馬ですよね。(道産子の力強さも魅力的ではありますが)
正に、走るために生まれてきたような感じで。
だからこそ、足の怪我で命を失わざるを得ない状況になるというのはショックでした……
ええい、西院め!
でも西院がいないと何か物足りない!
ある意味、すっかりファンです(笑)

>沖川さん

こんばんは。
はい。浅見ではありませんでした。
そして、田原と西院にはそういう因縁があるのです。
そして、一悶着あるのです~♪

乗馬体験!
ぐおおおおおお激しくやりたい!
てか沖川さんうらやましすぎる!
ホースヒーリングなんて言葉がありますよね。ホントに癒されるんですよ。あああー、それが乗馬って!!!いいなあ。

ちなみに、サイインサンキューにはモデルがいます。この馬に関するエピソードは、ほぼ実話に基づいています。彼女の最後だけは少し変えていますが。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC

西院は最低な馬主です。
でも、それではあまりに生々しいので、物語の中ではコミカル担当?をお願いしている次第です。笑
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楓 十色

Author:楓 十色
仕事との両立に悪戦苦闘しながら、それでも物書きを止められない人。工学博士(防災工学専攻)、技術士(建設部門)。

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