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ボルカノ・ベイ Act.2 _11

Category : volcano bay

 撮影を始めて一時間、杏はウッドデッキに腰を下ろし、ボンヤリと星空を眺めていた。
「降ってきそう」 と髪をかき上げる。
 いつもより綺麗に星が見える。
 標高のせいか、空気が澄んでいるせいか、それとも、単に街明りがないからだろうか。このままこうして見上げていれば、そのうち魂ごと空に吸い込まれてしまいそうだとさえ思えてくる。
「ちゃんと撮れてるかな」
 ふと不安になって三脚に目を向ける。
 ピントは無限大に合わせた。
 絞りは開放値から一段だけ絞り込んだ。
 なるべくノイズが乗らないよう、ISO感度の調節とリダクション(自動除去)機能の設定もやった。もちろん、ハレーションを防ぐためのホワイトバランスの設定もした。
 バッテリOK、三脚の固定もOK、最後に試し撮りもした。
「大丈夫。撮れてるはず」
 杏は言い聞かせるように頷いた。
 今回のようなバルブ撮影の場合、一度レリーズを押してシャッターを開いてしまえば、杏にできることはもう何もない。せいぜい風や震動で三脚が動いてしまわないよう祈っておくくらいのものだ。
 両膝を抱え、バンガローの壁に背中を預けて夜空を仰ぐ。
 こぐま座のα星、ポラリス。現在の北極星であるこの星は、一時間が経った今でもまったく動く様子がない。撮影を始めたのが7時すぎだから、夜が明けて撮影できなくなるまであと10時間もない。つまり、できあがった写真には、北極星を中心にほぼ半周だけ移動した星達が描かれることになる。
 夜は更けたばかり。朝はまだ遠い。
「早送りできればいいのに」
 などと言いながら、杏は膝を抱えこんだ。
 少し冷え込んできたせいか、ほんの少し息が白い。
 コンコン、と窓を叩く音に振り返ると、リビングから遊馬が見下ろしていた。
 何?と顔だけでふり返る。
「できたぜ」
「やた!食べる食べる!」
 杏は目を輝かせ、でも振動は立てないようにそっと腰を浮かした。
「座ってろ。持ってってやる」
 遊馬は静かに網戸を開けると、カレー皿とコップを杏の隣に置き、その隣に恐る恐る腰を下ろした。途中、バキ、とデッキが軋む音に「あ」と体が硬直する。
「大丈夫よ」
「揺らしたらダメなんだろ?」
「そうだけど」
 杏は「いただきます」と両手を合わせ、カレー皿を手に取った。一口食べるなり「美味しい!」と声を上げて手元を覗き込む。
「何これ?挽肉とナス?」
「ああ、素揚げしたナスに挽肉を絡めてルーと一緒に煮込むんだ」
 美味いだろ、と遊馬が笑う。
「すっごい美味しい。こんなカレー初めて食べたわ」
「そりゃ良かった」
 満足そうにスプーンを口に運ぶ。
「うまっ!」
「自分で言ってるし」
 杏はカレー皿を膝の上に載せ、体を小さく前後に揺すった。
「寒いか?」
「ううん。カレーのおかげで温まった」
「そっか」
 遊馬は大口を開けてカレーを放り込んだ。噛まずに飲み込んでるんじゃないかしら、と思えるほど、遊馬の手は止まることがない。
「誰かに教えてもらったの?料理」
「本に載ってた」
「料理本とか読むんだ」
 意外ね、と突っ込む杏に、遊馬は苦笑いを浮かべて返した。
「何よ」
「別に。ただ、俺がメシ作るのってそんなにイメージ無いかなと思ってさ」
「ないない」
「ないんだ」
 遊馬はあっという間にカレーを平らげると、手の甲でぐいと口元を拭った。
「綺麗なもんだな」
 脚を伸ばして夜空を見上げる。
「うん」
 杏も半分ほど食べた皿を一度床に置き、頭上にたゆたう天の川を仰ぎ見た。
「山の上から見ると、星ってこんなに近いんだね」
「だな」
 両手を腰の後ろに回し、細めた視線を泳がせる。
「親にはちゃんと言ってきたのか?」
「手紙置いてきた」
「そか」
 すん、と遊馬が鼻を鳴らす。
「風邪?」
「いや」
 ここでふわりと会話が止まる。
 杏は視線を外して口をつむぎ、頭の中で言葉を探した。
「……何時だっけ?流星」
「11時」
「11時か」
 ケータイを開くと、青白い光が杏の顔を照らした。まだ9時にもなっていない。こんなことなら人生ゲームでも持ってくれば良かった。
 杏は再び皿を手に取り、カレーを一口放り込んだ。
「明日さ」
 短い沈黙を遊馬が破った。
「ファイアスターが走るんだ」
「ピー子のお兄ちゃん?」
「ああ」
「何だっけ、日本ダービー?」
「そう」
 良く覚えてるじゃん、と遊馬が笑う。
「瀬戸口先生に追い切りの動画を送ってもらったんだけど、調子は良さそうだった」
「瀬戸口先生って?」
「ファイアの調教師」
「はいはい」
 なるほどと頷きながらカレーを食べる。
「勝てるといいね」
「そりゃな。でも、アイツに関してはまず無事に回ってきてくれるかが心配でさ」
「大丈夫だって」
 杏は遊馬の横顔をチラと見て続けた。
「ピー子のお兄ちゃんだもん」
「根拠ねーな」
 はは、と遊馬が苦笑する。
「そうだけど」
 確かに何の根拠もない。とても体の弱い馬だということも遊馬から聞いて知っている。けれど、いつだったか、ピー子の写真を撮っている時に、大歓声が湧き上がる緑のターフを走り抜ける一頭のサラブレッドの姿が脳裏に浮かんだのだ。
 巧く言えないけれど……
「女の勘、かな」
「……ふーん」
 りりり、と虫が鳴く。
 どこかのバンガローから楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「杏がそう言うならいけるかな」
 そんな気がしてきたよ、と一瞬杏に視線をやり、遊馬は煙草を口にくわえた。ライターを取り出したところで、ハタと気付いてポケットに戻す。
「いいよ別に」
「いや」
「もう食べ終わるし。それにあたし、煙草の匂い嫌いじゃないから」
「止めろって言ってたろ?」
「止めないと写真は見せないって言っただけ」
 ご馳走様、と手を合わせる。
「人気なの?ファイアスター」
 カレー皿を床に戻し、杏は大きく伸びをした。
「前日オッズで3番人気」
「へえ!凄いね」
「人気で着順が決まるわけじゃないからな」
「そうだけど」
 ぽす、と抱えた膝に顎を載せる。
 濃紺色の空との境に、静かにたたずむ有珠の山頂が見える。
「夢、だったんだ」
 いつの間にかくわえ直していた煙草に火を付けた遊馬が、まるで昔話でも聞かせるようにポツリと呟いた。

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テーマ: 自作連載小説
ジャンル: 小説・文学

コメント

夢…

ああ~♪また、杏ちゃんにきゅんとさせるセリフはいちゃって~!!
もう、もうもう~♪
遊馬くん、素敵…。
しかし、たばこはいけません~(笑

二人でじっと、星を見つめる。でもなんだか~♪
お互いを知ることにもなるし、同時に自分自身をも見つめるのだなぁ、なんて。
ロマンチックな気分です♪
二時間。とりとめのないお話をして。きっと、杏ちゃんのお父さんへの想いとかちらっと見えたり♪遊馬くんの過去も。
流星と更新を、私もデッキの下でこっそり待ちます♪うふふ~

>らんららさん

こんばんは。
意味深なところで切ってしまいましたね。コメント見て気付きました。
けど、まあいいか(笑

たばこいけませんねえ。
え、ええ、いけません。うひーごめんなさい

>お互いを知ることにもなるし、同時に自分自身をも見つめることにも
そうですね。
まさにそんな感じの二人です。
杏の思いや遊馬の過去、この辺は小出しにしていきたいところです。と言うか、実際のところ、初めてのお泊まりデートでそんなに自分のことをしゃべるものかな?と考えたら、ちょっとどこまで書いたものやらと思案してしまいます。
まあ追々。
という感じで♪

さあ、そろそろ二人のお話もこの辺にしておきたい作者です(え

No title

どこかのバンガローの声や虫の音が、逆に静けさを引きたたせますね。
しんとした有珠の夜の、涼やかな風が感じられるようです。

そして、杏と遊馬。
隣り合って手を繋ぐ、ではなく、隣り合って同じ星空を見る。
この距離感が素敵だなあと思いました。いちゃついているよりも素敵です。
まあ、「まだ」二人はいちゃつくような仲ではないのでしょうが……
今後に期待します(笑)

>沖川さん

こんばんは。
虫の音やカエルの鳴き声って、逆に周りの静けさを引き立てますよね。
僕は田舎育ちなので、なおさらそんな気がします。

おっしゃる通り、この距離感は今の二人だからこその距離感なのかもしれませんし、あるいはこの二人の性格ゆえの距離感でもあるかもしれません。
こういう段階の雰囲気は、書いていてとても楽しです♪

更新がままなりません(汗
次の更新でひと段落つくはずだったのですが……

星空^^

魂ごと吸い込まれてしまいそうな、星空。
見たい……、見に行きたい……。
旅に出たくなったkazuです、おはようございます^^
昔部活で青森に行く途中、山中で車を止めて休んだ時に見上げた星空を思い出しました。
標高が高いから、空気が綺麗だから。息をのむほど、星が綺麗。
その後「熊出没注意」の看板見て逃げ出しましたが(笑

いいなぁ、二人の恋に至るまでの過程というか、この雰囲気。
沖川さんがおっしゃられていますが、ホントこの距離感が素敵ですね^^
甘酸っぱいっっ!
私もらんららさんの後ろにへばりつきながら、更新と二人の進展をにやつきつつまってます~♪

>kazuさん

こんばんはー。
山の上から見る星空は格別ですよね。
もうホントに、手を伸ばせば届きそうとはこのことか。ってくらい。
熊……確かに。セット物です(笑

この距離感が今の二人の心の距離なのかな。
少しずつ近づいて、指先が触れたくらいでどどーん←をい(汗

すみません。
ちょっとこの二人の甘酸っぱい展開とは無縁な荒んだ仕事忙殺デッドゾーンな状態に突入しているため、どうにもコメント返しまで荒んでいるような……
あうあうあう
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楓 十色

Author:楓 十色
仕事との両立に悪戦苦闘しながら、それでも物書きを止められない人。工学博士(防災工学専攻)、技術士(建設部門)。

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